東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1763号 判決
なお控訴人等の前示(ニ)の相殺の抗弁につき按ずるに成立に争のない乙第八号証、同第四号証の一、二によれば控訴人張と訴外会社との間に同控訴人主張のような建物の賃貸借成立し、同控訴人は昭和二十九年七月二十九日頃訴外会社に対しその頃まで既に履行期の到来した延滞賃料等合計金三十万四千七十五円の債権ありとして本訴債権とを対当額で相殺の意思表示をなしたことを認め得るが、(証拠)を総合するときは昭和二十九年三、四月頃までの家賃等は前示百万円の利息(帳簿上昭和二十九年四月六日まで支払済となつていることは前示認定のとおり)と差引相殺をしてきたことを窺えるのみならず、仮りに控訴人等主張のような相殺援用の反対債権が存在していたとしても、控訴人張が訴外会社に対し右相殺の意思表示をしたのは前示債権(受働債権)譲渡の通知のあつた昭和二十九年五月四日後である昭和二十九年七月二十九日であるから、右相殺の意思表示当時本件債権(受働債権)は既に被控訴人に移転し且つ対抗要件も具備しており、従つて右相殺の意思表示は何等の効力はないものといわねばならない。元来民法第五〇六条第一項に所謂相手方とは相殺の意思表示をなす債務者が、自己の債務を履行すべき相手方たる債権者(受働債権の債権者)を指すものと解すべく、また民法第四六八条第二項において、債務者が「譲渡人に対して生じたる事由を以て譲受人に対抗することを得」とは、その事由が相殺の場合においては、譲受人に対し相殺の意思表示をなすことを認めたものと解すべきであつて、これを要するに債権譲渡の通知後債務者が受働債権の譲受人に対し相殺を以て対抗する場合には、その相殺の意思表示はこれを右譲受人に対してなすべきである。そして右主張の相殺の抗弁以外に控訴人張が前示債権譲渡通知前訴外会社に対し、若しくは右通知後譲受人たる被控訴人に対し前示自働債権を以て本訴債権と対当額で相殺の意思表示をしたという主張はないし、後記認定の如く被控訴人が昭和三十年十一月三十日代物弁済の予約上の権利を行使したものである以上その後数ケ月を経過して提起せられた本訴においては訴訟上も被控訴人に対し改めて相殺の意思表示をなす余地もないことは明らかである。よつて右相殺の抗弁も理由がない。
(坂本 高野 中村)